古典占星術の本

秋の夜長にじっくりと読む本がいくつかあります。
その中のひとつに
「占星術または天の聖なる学」
マルクス・マニリウス著 白水社 があります。
ローマ時代に成立したこの本は西洋の宇宙論・天地の構造論
占星術と天文学が渾然と一体化していたときの
いわば「科学詩」のようなものです。

時々読み返しています。
このブログを見てくださる方にも知っていただきたく
ちょっと抜粋してみます。

「なにゆえ私たちはかくも虚しい試みの数々に骨身を削りつつ
生涯を過ごすのだろうか。怖れや闇雲の欲望に駆り立てられ
老いを早める心配事に悩まされ、私たちは幸福を捜し求め
そのためにかえって幸福から遠ざかる。
願い事に限度がないので、私たちは満ち足りることを知らない。
生きがいを求めつつ、私たちは死人も同然。
富を積めば積むほど、じつはいよいよ貧しくなる。
自然は僅かなもので満ち足りているのになぜ私たちは法外な欲望のため
破滅の道をまっしぐらにすすむのだろうか。・・・・
私たちは無法な手立てを用いても財宝を得たいと望む。
しかも財宝を得たあとは ただそれを狂気のように消尽するしか脳がないのだ・・・
おお、人々よ、そのように無益な労苦、余計な不安の重荷はおろしてしまえ・・・
天の布告する運命に虚しい不平は言わぬがよい。
運命こそは一切を統べ一切は不変の掟に従う。
あらゆる出来事はそれを生んだ時と宿命的な繋がりをもっているのだ。」


エライ人の言うことは古今東西似ているね。
この文の前半はすごく共感します。
でも ラスト3行はどうなんだろう?・・・
いつも、よくわからない。
私、占星術師だけど 信じていないからね、たまらなく魅了されているけれど。

答えはいつか見つかるかな?

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見つかんなくても占星術は好きだな。

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古典占星術の本について

前半は同感です、
最後の3行は、??疑問が残る、も同じ感想を持ちました。
私が学んだ師いわく、
どんな占いでも100%の的中率はありえない、
星は暗示こそすれ、強制はしない、
この言葉を、なるほどなあ、と思っていた私です。
ハードな暗示はそう簡単に超えられるものではない、
されど、自由意志がある、と、、
私も西洋占星術を100%は信じてないかもしれないけど、
勉強するのは楽しい、もっといろんなことが知りたい、
という好奇心は止まることがありません。
一生かかっても、全部を理解するのは無理かも、、
それでも、知りたい、と思っている私です。
この本はまだ読んだことはありませんでした、
機会をみつけて読んでみたいと思います。

ミルラさま

占いを 「信じるもの」ではなくて
ある人や物を「描写」する
新しいツール、アートとしての占星術を
広げていきたい!と恐れ多い夢を持っています。

画家によってそれぞれの描写が違うように
いろいろありでよくて、
対象者にとって感動を与えるものであれば
「当てねばいけない」という運命論的解釈の占星術と
別の流れをつくりたいなぁ・・・なんちて。

杜さまへ

占いを 「信じるもの」ではなくて 、ある人や物を「描写」する新しいツール、アートとしての占星術を 広げていきたい!という思いに、心打たれました。なんて素敵!!ますますファンになりそうです。
これからも記事を楽しみにしています。頑張ってください、応援しています。
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プロフィール

杜 香里(もり かおり)

Author:杜 香里(もり かおり)
小学生の時に本格的「星占い」に出会いはまる。
星と付き合い続けてて数十年。
一時はアホらし、と思ったこともあったけど
10年位前に雷に打たれたように占い魂が芽生えてプロになりました。
高波にさらわれてイギリスまで流され英国占星術協会の会員になりこの道で開き直りました。

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プロフィール2
 イヌ派ですが3年ほど前まで齢八百歳のさばとら・タビ (立ち耳スコティッシュフォールド? いいえ多分駄猫)と タビa  起居を共にし彼女の抜け毛に悩まされていました。 フォトグラフィー